2017.10.4 UP DATE

【レポート】根岸由香先生の《みんなでエンジョイ! つながるミュージック♪》後編

講座の後半は講義。公開授業のコンセプトやその根底にある根岸先生のノウハウを解説しつつ、授業で紹介されきれなかった活動のアイデアも多数紹介していこう!

 

取材・文:音楽ライター 小島綾野/写真:編集部

 

 講義では、根岸先生の故郷の漁村で譲り受けた大漁旗(下の写真左)を使った曲『さかなのまつり』、ベリーダンスを学ぶためにトルコを訪ねたり、パキスタンでは現地の家族と歌い明かした体験をもとにした『アラブの赤い月』(下の写真右)など、名教材曲の誕生エピソードも語られ、根岸先生が日々のあらゆる経験からネタを集め、教材づくりに勤しんでいることも伺える。

 

 そして、先生が音楽活動を通して子どもたちに育みたいことも詳しく語られた。それをもとに公開授業の場面を思い返してみると、先生の考えや願いがオリジナル教材となって具現化され、実際の指導に落とし込まれていることに思い至る。

 

 

 

■根岸先生の音楽活動のコンセプト

 

1●聴くことの大切さ

 

 音・音楽を通して学べることのうち、もっとも大きなことの一つは「聴くこと」。音楽活動を通してその楽しさ・大切さを知った子どもたちは、相手の話にしっかり耳を澄ますことをも身につける。自分を表現することも大切だが、他者の声を聴き、受け止めることは、社会生活の基盤になるはず……と根岸先生。

 

 先生の授業には、確かに「聴く」場面がたくさんあった。さまざまな楽器の音を聴いて楽しむ『すてきなおとのうた』、曲を聴き分けることで活動が始まるイントロクイズ……聴くことによって生まれる楽しさを実感するからこそ、子どもたちは聴くことの価値を学ぶことができるのだろう。

 

 

 

2●他者と一緒に活動することの楽しさ

 

 特別支援学校の卒業生を追跡調査し、改めて浮き彫りになった「学校を卒業してからの社会とのつながりが希薄になりがち」という問題。根岸先生はそこに音楽科からアプローチし、「授業で『他者と一緒に活動することは楽しい』という感覚を身につけてほしい」と考えた。

 

 だからこそ、ペア活動や全員での活動がしばしば設けられ、子どもたちはその中で相手に合わせたり、人と折り合いをつけたりすることを学んでいる。相手を思いやること、他者の幸せを喜ぶこと……それらを言葉で説くのはとても難しい。でも、子どもたちはその大切さを言葉で学ぶのではなく、音楽活動の中で、体験を通して身につけているのだ。

 

 

 

3●自分を表現することと、そこで得られる自信

 

 言葉によるコミュニケーションにハンディをもつことも多い子どもたち。だが、言葉を介さない音楽は、彼らも他の人と同じ条件で活躍できる表現手段だ。音楽という土俵で自分を表現することに挑戦し、そこで自信を得ることが、あらゆる場面での自己肯定感につながる。

 

 授業でも子どもたちはマイクを向けられて堂々と歌ったり、参会者に活動の方法を教えてくれたり、歌ったり踊ったりすることを褒められたりする中で、どんどん胸を張り笑顔が増え、その自信が次の活動への意欲になっていることがわかる。

 

 

 

4●音楽を「一生の楽しみ」にできるように

 

 音楽でプライベートライフを充実させたり、辛いことがあったときの心の支えにしたり……子どもたちにとって音楽が「心の応援歌」になれば、と考える根岸先生。だから「音楽の楽しさ」そのものを知ることも授業の大切な目的の一つ。

 

 授業中、全身を存分に動かして歌い踊る子どもたちは、実に楽しそうだったし、先生方はそのためにあらゆる手を尽くしていた。「歌のおにいさん」になりきって誰よりも笑顔で音楽を楽しんで見せたり、たくさんの先生がペア活動をサポートするなど細やかなフォローをしたり……そうして「音楽は楽しい!」ということを先生方が身をもって示し、子どもたちが安心して活動に熱中できる環境をつくっていることが、「音楽の楽しさ」を学ぶための鍵になっている。

 

 

 知的障がいや発達障がいでは、体の動きには基本的に障壁はない。だからこそ「動ける体を活かして、たくさん動き、発散することが大事」と根岸先生。広い社会に出て、豊かな人生を送るために必要な道徳やコミュニケーション能力などの社会性、自信や心の支え……本校の子どもたちは音楽を通し、体を動かすことでそれらを身に付けるのだ。

 

 


 

 指導にあたっては、根岸先生1人の奮闘だけでなく、学校全体の理解と協力が不可欠。サブティーチャーとして授業を支える担任の先生方は、テーマパークのスタッフばりの笑顔と歌声、パフォーマンスで子どもたちをサポートするだけでなく、授業準備でも教材DVD(動作のお手本映像)の作成に寸暇を惜しんであたるなど、一丸となって「音楽で子どもたちを育てる」というコンセプトと情熱を共有している。

 

写真左:ヴァイオリンやスチールパン演奏でも活躍する田上幸太先生。
写真右:エレキギター、ドラム担当、2代目歌のお兄さんでもある若井広太郎先生。

 

 

 参会者からは「なぜ先生方のチームワークがこんなに素晴らしいのですか」という質問も上がり、本校中学部の安達敬子先生(下写真)は「音楽の教育的な効果を職員みんなが認めているし、それを日々の実践の中で語り合っていますから」と誇らしげに答えた。「特に自閉症の子への対応では、視覚的なサポートが主流ですが、そこに根岸先生は『音によるアプローチ』という新しい挑戦をもたらしてくれました」とも。

 

 

 

 なお、公開講座内では「歌のおにいさん」こと厚谷秀宏先生(下写真)も、東京学芸大学附属竹早小学校との交流活動の記録を発表。障がいがある子もない子も、同じ土俵で楽しめる音楽活動の良さ、そこで生じる自然な触れ合いや教え合いが互いの理解を深め、両校の子どもたちの絆を育んだことが報告された。

 

「普通校と特別支援学校の交流では、『支援してください』『手伝ってあげる』というスタンスになりがち。でも、子どもたちは対等な関係で、互いの素敵なところに気づけるし、大人たちはそんな子どもたちの姿に気づかされることがたくさんある」

 

厚谷先生は2年間の交流人事で東京学芸大附属竹早小を経験。
1回きりではなく、何度かにわたって交流の機会をもつことによって、
お互いを理解し、思いやる心が生まれるという。

 

 

 さらに、山梨大学教育学部の吉井勘人准教授による「社会性発達と身体・情動」をテーマにした講演も行なわれた。かつて本校の教員だった吉井先生は、社会性の要となる「協働・協力・共有する力」が身体の動きや情動で培われていくプロセスを科学的に解説し、本校の音楽活動の効果を発達心理学の観点から裏付けた。

 

写真左が吉井准教授。ペンを指で支えて3者で身体の動きを「同期」させるときに、
信頼関係や向社会的行動の増加が見られることが、科学実験で発表されているという。
その「同期」は、根岸先生の活動でも大事に取り入れられている。

 

 

 根岸先生のアイデアと同校の先生方の情熱が推し進める、音楽による新しい特別支援教育の形。その結果がいかほどかは、全身で音楽をめいっぱい楽しんでいる子どもたちの笑顔や、音楽で身につけた社会性で規律正しく、思いやりをもって行動する姿が、何よりも証明していることだろう。

 

午前の授業参観、午後の講演ともに、参会者も根岸先生作曲の
音楽活動や手作り楽器を体験でき、終始和やかなムードであった。

 


 

〈編集後記〉

根岸由香先生のe-playing動画講座では、子どもたちの感覚を程よく刺激するという手作り楽器を使って、すぐに参加できて楽しめる音楽を動画で体験し、心を動かされた。お互いの関係を和やかに築きながら音楽に親しめるところに、障がいの有無を超えた可能性を感じている。実際、一般の子育て支援としても、根岸先生は校内で週1回活動されているという。この音楽療法的なアプローチは、音楽の力で社会を豊かにする活動として、今後も注目していきたい。(編集部)

 

 

 

*根岸先生による活動方法や手作り楽器の作例などは、e-playing講座「音楽療法的アプローチで指導力アップ!」で紹介しています。

 

 

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